SARAN HEART HEALINGの日記

風の時代 龍とつながり軽やかに生きる

毒母から愛しき母と思えるまで ④

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saran-saran-saran.hatenablog.com

 



そして、その日は訪れた。 

あるカウンセラーに
母には脳内ホルモンが足りないのかも
知れない。と言われたのだ。


それを聞いた時、キツネにつままれた様な感覚に陥り、

やがてその言葉が五臓六腑に染み渡って行くのを感じた。

それまで全く私の世界に無かった世界が、
新しい風として舞い込んだのだ。

こうなると、ホルモンで母がそうなっていることなどは
どうでもよかった。

今まで守っていた自分の牙城が、
ガラガラと崩れ
インナーチャイルド
巨大化させ、モンスターにしてしまったのは
自分自身であることに気づいたのだ。

それ以上でも、それ以下でも無い
インナーチャイルド
自分の中で大きく育て上げたのは自分。

 

インナーチャイルドのせいにしていた自分が浮き彫りになった瞬間、

意識が拡大し、囚われていた世界から解放されていった。

学生時代、どうしても分かってほしかった毒母問題。

それは、自分の中にしか存在しなかったことを肌で感じた。

周りの友達に言っても、分かるはずなど無く、それで良いのだ。と

いうことを理解した瞬間に、解放されたという感覚があった。

妹のインナーチャイルドのベクトルが、
父に向かっているように、それぞれが
選択している世界に自分が望んで存在するのだ。

大きな変化が訪れた。
もう良いじゃないか。という声が聞こえた気がした。


その日を境に、母にも事情があったのだ。

という視点を頭で理解するのではなく、

腹で理解して見ることが
出来るようになっていった。

 

すべては、自分の中だけで起こっている出来事なのだ。

母にイライラしたり、どうしてわかってくれないのか。と

相手の問題にしているうちは、解決できない。

すべてを自己責任であるとの

覚悟が出来ないうちに、それは訪れないのかも知れない。

 

当時私は、心理学を基にした占いを習い


カウンセリングやワークショップの他に


ホメオパシーを受けたり、


インナーチャイルドセラピストの資格を


取りに行ったり、前世療法を受けたり、


精神世界のワークに行ったり


とにかく楽になるために、自分が思いつく解決策には

 

片っ端から手をつけていた。

 


やがてまだまだ母への拘りが終わっていないことに気づかされる。

しかし、それもまたある日突然腑に落ちる瞬間が来た。

単なる反応の繰り返しであることに。


母の言葉や態度に対する反応でしか無いこと。


脳がやらせているに過ぎないことを理解した瞬間が訪れたのだ。

 

私の一挙手一投足を見ていて、先回りして気遣いという自己満足に浸る母に

イライラしていた自分は、結局母の一挙手一投足を見て、鏡のように反応している。

 

それを待っている自分に気づいたのだ。

次はこう言うに違いない。次はこうするに違いない。と

母の言動を先回りして決めつける。

 

その通りになり、イライラする。

その選択をしているのは自分自身。

それを変えれば良いだけなのだ。


やはり私の毒母問題は
とっくに終わりを迎えていたのだ。

あとはこの反応を、処理して行くだけだ。
それは、自分以外の誰に対しても同じ。


母に限ったことではないのだから。
反応が起きた時に、どんな感情を持ったのか。

その感情を否定せずに受け入れ、何故感じたのかを探る。

必ずそこには、自分なりのルールが存在する。

 

大概不要なものなので、それを要らないよ。と脳に言い聞かせる作業を続けるだけ。

 

完璧にやらなくて良い。

肝心なのは、やり続けること。

あきらめないこと。

 

潜在意識がやらせていることを理解し、

繰り返しが大好きな潜在意識は、新しい風に抵抗をすること。

必ず邪魔してくること。

それさえ知っていれば、諦めることなく、不要なものを

とる作業ができるのだ。


今 言えることは
全ては自分が設定していたことであるということだ。

過去、私は私にとっての毒母を持つという設定をし、
その通りの現実を生きた。
そして、気づいたときに

卒業すると設定したからこそ、とても幸せな今がある。


昔から母を尊敬していたことがある。

自分の父母、つまり私にとっての祖父・祖母の悪口を一切言わないこと。

 

私の幼少期に二人とも亡くなっており、私の記憶にあるのは

アルバムで見る祖父母。

母の悪口を言い続けてきた私にとっては、尊敬すべきことだった。


最近知ったのだが、

祖父=母の父親には、愛人がいたそうだ。
祖母の苦しむ様子を目の当たりにし、子供ながらに

あちこちに気をもんだのかも知れない。


男兄弟3人の中の女1人と
あって祖父の溺愛ぶりは半端なかったようだ。


祖父を疎んじることなく、甘えられるだけ
甘えたようだが、

それも祖父母ともに仲良くして欲しい。

自分も役に立ちたい。平和でありたい。などの願いのために

徹底して自分を擁護するというサバイバルでの選択をしたのだと

理解できるようになった。


父と結婚してからも、川の字で 父 祖父 母 と寝た話を
何度も聞かされた。

そうなのだ。母は私の中に女を
見たくなかったのだ。
だからショートカットで床屋さん。

聞いたところによると、
何故か我が子を拾って来たという話は高確率で
毒母が語りたがるようだ。

主に心配と称した親のエゴは、
子どもが失敗した時の自分を心配しているのであり
本当に子どものためを思っている部分は少ない。

 

母もまた、親から恐ろしい思いをさせられ、

幼き頃に感情に蓋をして、人から見ての視点でのみ生きることを選び

「自分が正しい、良い妻・良い母」と思うことで自分を守り、

「人から否定的な目で見られるかも知れない」と自己判断した途端に、

恐怖で固まり、不利な状況にあっては

精神を痛めてまで抵抗するというタイプになったのだ。

 

実際に私は「あなた誰だっけ?」と精神を痛めた状態の母に言われたことがある。

ボケたわけではなく、

その状態から逃げることが、自分を保つための手段なのだ。

 

私はと言えば「自分のせいで。」とこれまた、無駄な反省をする。

私は幼き頃、自己否定という道を選択したので、何でも自分のせいと

考えるくせがあった。

 

母のタイプは、自分が相手より優っているのだと、とことん相手に分からせたいのだ。

それ以降に、自分が相手から恐怖を与えられないために。

 

子供(私)は分かり合えると思って、話し合おうとするのだが、

本人は恐怖で固まっているので、ひたすら自己防衛に走る。

 

母の理想の親であり続けたい願いとは裏腹に、実際には母が、

子ども丸出しになっている現実を見られるようになると、

毒母は愛すべき母となり、私を母なりに精一杯愛しているのだから

できるだけ母の思い通りにさせようという意識に至った。


話はズレるが、本来幼き頃に、感情の処理の仕方を教えるべきなのだ。
その感情を感じることが悪などと感じる必要は一切ない。


毒母問題でいえば
感情を吐き出すという行為は
今まで麻痺させて来た感情を取り戻し
蓋を外さないと出来ない。

果たしてその方法が万人に合うのか。
私の答えは否。であり、是でもある。

時期でもないのに吐き出せば
消化不良を起こし、今より悪い状況になるかも
知れない。


しかし塞翁が馬で、その消化不良こそ
乗り越える為に必要なことかも知れないし、
後々役立つかも知れないのだ。

行動療法で全く感情には
向き合わずに対処していく方法もある。

どちらが良いとは言えない。

唯一確実に言えるのは
どの解決法を選ぶのか、完全な自己責任で
行う決意が必要ということだ。


カウンセラーが言ったから
本に書いてあったから などと
他人に任せることなく
自分で選択した という覚悟こそが
最終的に自分を救うのではないだろうか。

 

最後に

今私は、毒母という言葉自体も封印したいと思っている。

しかし、便宜上致し方のないことであるのも確かではあるが、

当人も毒母などと呼ばれる立場になっているとは

思いもしないはずであり、万人が同じ状態で同じ選択をする

わけではないからだ。



長らくお付き合い頂き、ありがとうございます!

次回は、このお話の続きのような形で

占いでお話していることの

インナーチャイルドに焦点を当てます。